200914 マーケティング戦略により物を買わされている人たち
今回は「マーケティング戦略により物を買わされている人たち」というテーマで話をします。私は普段物を買いません。特にほしいものもなく、食料品や消耗品以外での買い物は電子書籍くらいです。そんな私が人間観察した最近の出来事を紹介します。
私はテレビを持っていないのでテレビを見ることはありません。youtubeなどもほとんど見ません。そんな私が昼間テレビを見る機会がありました。親戚の慶弔で長時間親戚の家にいたのです。
そこで放映されていたテレビ番組を見て、「これは明らかに勧誘だな・・・」と感じることがありました。次のような番組でした。
・80歳でも健康で生活できるのはニンニクを食べてきたからです。
・このニンニクは○○○産の天然成分で作られています。健康にも効果的です。
こんな宣伝をしながら、その高齢者の健康事例(マラソンや軽運動)を紹介するという番組です。
テレビ番組を批判するわけではないですが、「低俗なマーケティング戦略だな」という印象を受けました。
世の中にあふれる広告とその事業構造
世の中の事業構造を理解すると物事の見え方が変わってきます。このテレビ番組を私は次のように見ていました。
- 判断能力の低い高齢者に商品を購入させる意図で製作されている。
- 高い広告宣伝費を払わないと商品販売できない。 ※本当に価値のある品物であれば大きな広告費をかけなくても販売できます。
- ドキュメンタリー仕立てにして商品をさりげなく宣伝している。(過剰宣伝ではない)
- 特定の人物の事例のみを取り上げていて、客観性に乏しく健康効果が不明。
テレビ番組の詳細な製作費は分かりませんが、数百万円~はかかっているはずです。
もしこのテレビ番組を見た人が、「購入したい」と思った場合は購入すればよいと思います。
「このニンニクが欲しい」と思って購入するのであれば、結果に満足するかもしれません。ところが、「健康になりたい」と思って購入するのであれば、おそらく期待する結果は得られないでしょう。
自分でほしいと思って購入しているつもりでも、実際は相手の作戦により「買わされている」場合があります。この事例がまさにその典型です。
世の中にあふれる広告
テレビ番組以外にも世の中には広告であふれています。
- インターネット広告
- 広告看板
- 新聞広告
- 電車内の広告
これらはすべて有料の広告掲載です。お金を払ってでも掲示したい会社が広告を掲示しているのです。
無料でできる広告も存在します。例えば店舗です。マクドナルドが国道沿いにあれば、そこを通る人はマクドナルドの存在に気づきますが、マクドナルドは店舗不動産以外の広告をする必要はありません。店舗自体が広告として機能するからです。
広告によるマーケティング戦略
もう少し事業構造を深堀していきます。
人が物を購入するときのプロセスは、
1.その商品を知っている → 2.その商品を購入する
という流れになります。
当たり前のことですが、この構造はいろいろな場面で当てはまります。
例)ポルシェを購入したい。(ポルシェの存在を事前に知っている)
例)話題のビジネス書籍を購入したい。(その書籍の存在を知っている)
例)グーグルで働きたい。(グーグルという会社の存在を知っている)
逆にいえば、存在が知られていない商品は購入されません。
機能の優れた3Dプリンターがあったとしても、誰もその存在を知らなければ購入することはできません。
話を戻します。商品を購入してもらうためには商品を知ってもらう必要があるのです。販売者は購入前のステップとして商品を知ってもらうために広告を利用するのです。
初期段階の広告は効果的です。ところが、商品販売のために広告費をかけ続けるのは賢明な判断とは思えません。良い商品やサービスの場合は、過剰な広告費を必要とせず、その商品・サービス自体が広告塔になってくれます。商品・サービスに満足した顧客はリピーターになるだけでなく、顧客が宣伝してくれます。
例えば、グーグルは転職エージェントを利用した人材募集などしません。優秀な人材の方から勝手に集まってくるからです。グーグルという会社自体に魅力があり、会社自体が大きな宣伝効果を持っているからです。
「買っている」のではなく「買わされている」という事実
前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。
世の中に大量に広告があふれている以上、意識しなくても広告が目に入ってきます。主体的に欲しい情報を探す場合は便利な広告ですが、欲しくもない情報を押し付けられることも多々あります。
なかには広告の餌食になっている場合も見られます。
身近な事例を紹介するとスーパーのチラシです。今では新聞を取る人が減ったのでスーパーのチラシを見る機会はないかもしれませんが、毎日のようにチラシを確認して買い物に出かける人もいます。本人が満足しているのであれば構いませんが、外部から見ていて「買わされている行為」だと思えます。
買い物があれば、安売りがあってもなくてもスーパーに行きます。安売りに反応してわざわざスーパーに行くのは、広告の魔力にひっかかったからです。せっかくスーパーまで来たのだから安売り品以外にもついでに何かを買っておこう。こんな行動をしているのではないですか?
私にはこの行為が時間と労力の無駄だと思えるのです。わずかなお金の節約にはなるのかもしれませんが、かわりに手間と時間を失っています。
- 頻繁に買い物に出かける時間
- チラシを毎日確認する時間
- 移動にかかる費用(ガソリン代など)
- 出かけたついでに不要なものを購入して発生する出費
これは性格や趣味の問題かもしれません。買い物が好きな人は買い物を楽しめるかもしれません。買い物が好きでない人はできるだけ頻度を減らしたいはずです。私はどちらかといえば後者です。スーパーのような大きな場所をぐるぐる回って買い物をするよりも、コンビニのような小さな場所で自分が必要としているものを短時間で購入するほうを望みます。
「買い物が好きではない」と言いながらも、買い物頻度が多い人は広告の餌食になっている人です。産業構造を正しく理解すると、テレビ広告や新聞チラシなどの情報に惑わされないで済みます。「そもそもなぜそれ(広告)が存在するのか」ということをよく考えながら生活すると、無駄な買い物が減るはずです。
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