190909 グローバル生産と設備調達について
今回は「グローバル生産と設備調達」というテーマで生産技術エンジニアの視点から話をします。
企業買収やグローバル化に伴い、経済活動の国境はほとんどなくなっています。
以前勤めていた会社でも、アジア、欧州、北米に生産拠点がありました。同じように顧客も世界各地に拠点を構えていました。同一製品でも中国で製造した製品をアメリカやヨーロッパに収めることもあれば、ヨーロッパで生産したものをヨーロッパに収めることもありました。顧客が持つプロジェクトにより、生産する地域はバラバラでした。
社内的にも、一点集中をなくしてリスク分散するという点では、拠点を複数構えておく方がメリットはあります。例えば、昨今の中国とアメリカの貿易戦争を例に挙げると、中国以外の拠点で同じ製品を製造できるのであれば、中国での生産比率を下げるというような対応をとることができます。
【目次】
1.生産技術者が注意すべきグローバル生産の考え方と課題
設備仕様と工程設計の統一
当時の顧客要求ですが、「グローバルプロジェクトの同一製品であれば、生産工程や設備コンセプトを統一するべき」という要望がありました。これは、品質リスクや運営面でメリットがあるからです。仕様や工程設計がバラバラであれば、製品品質や維持管理が難しくなります。社内的にも社外的にも、もっともな理屈です。
ところが、各拠点はそれぞれ独自の道を進みます。言葉や時差、距離の壁があり、拠点間の交流もそう簡単にはできません。それぞれ自工場の仕事で手一杯です。同じ会社といえども、なかなか統一仕様というのは作りにくいものです。
このグローバル間のばらつきをなくすために、どこかの拠点で設備仕様を一元管理するというやり方があります。世界各国どこの拠点に導入する生産ラインについても、製造元を統一してしまえば、少なくとも初期の状態では統一感を持つことができます。以前はこういう思想のもとで生産ラインを準備していました。
設備仕様統一化の弊害
一見、この思想はよさそうに思えます。ところが完ぺきではありません。
例えば、日本で準備した生産ラインを日本、アジア、ヨーロッパ、アメリカに送り込むとします。日本で使用する上では問題ありません。ところが、その他の国ではそう簡単にはいきません。
理由1)設備の製作元がローカルに存在しないので、サービスの面でリスクがある。
例えば、設備会社が工場の近くにいて時差や言葉の問題がなければよいのですが、設備製作会社でグローバルに拠点を構えるような会社は少なく、たいてい国内がメインです。地球の反対側で、時差もある場所で何か問題が起きても、日本の設備会社に連絡を取ることもできません。現地ですべて解決するしかありませんが、これは技術的なハードルがかなり高くなります。現地にとっては大きな運用リスクになります。
某大手企業のように、生産工場と設備会社、部品サプライヤなどグループ単位で移転をするような場合を除いて、この課題を解決するのは簡単ではありません。よく採用される方法が、エンジニアを駐在させてその生産ラインの技術サポートをさせるという方法です。
理由2)部品入手性とサービスの問題
続いて、海外製の設備の場合は、設備に使用する部品の入手性を考慮しなくてはなりません。グローバルに入手できる部品であればよいのですが、各国での入手性や営業窓口がない場合、何か問い合わせをするにもかなりの手間と時間がかかります。例えば、PLCの操作について問い合わせしようとしても、その国でそのメーカーのPLCが流通していない場合は、サポート窓口などありません。
理由3)現地人のモチベーション
仮に導入元が外国拠点(例えば今回の場合日本とします)だとすると、現地人はオーナーシップを持たなくなる場合があります。何かあれば、日本の拠点に頼ります。自分たちが仕様を検討して導入したラインでもないので、愛着を持たなくなるのです。また、取引先とやり取りをしようとしても、時差があって言葉の通じない相手とやり取りをしようとは思いません。
グローバル生産をする上で、生産工程や設備仕様を統一することは非常に良い考えです。否定はしません。ところが、上述したような課題を伴うことは事実ですので、国内で使用する以上に導入後の体制を含めてよく検討する必要があります。
2.グローバルな設備調達の注意点(輸出入手続きについて)
初めて海外の設備メーカーと取引をする場合は、輸送や通関手続きのことまで対応できずに、その時になって処理に追われて余分な手間と時間がかかります。そうならないように、以下で概略を説明します。
インコタームズを理解する
国内輸送の場合は貨物の運搬のみなので、たいして問題ありませんが、国際輸送の場合は輸出入の通関作業やトラックや船の手配などやることがたくさんあります。インコタームズといって、売り手と買い手の責任分担をどうするかで、仕事の配分が大きく変わってきます。
いくつか事例をあげます。
EXWといって売り手側の工場渡しの場合は、貨物の回収から輸出入通関、運送はすべて買い手側の責任になります。一方DDPの場合は、買い手の仕向け地までの運送、通関すべてを売り手側が責任を持つことになります。海外輸送の経験がない場合は、輸出準備がそろってからこの作業を始めたのでは、かなりの時間をロスすることになりますので、事前に通関担当者と協議するなど情報収集しておきます。国によって必要な事前準備のレベルが異なります。準備の具合が悪いと、貨物が現地通関に到着した後で、開梱・確認作業に通常以上の時間を要することになります。
困らないための具体的な対処方法
・設備見積もり時点でインコタームズを明確にしておく
例えば、DDPを採用しておけば買い手の仕向け地までの輸送責任は売り手になります。輸送の手間や輸出通関の作業は、売り手が対応するので買い手の手間は減ります。ところが、輸送保険や通関費用などのコストが見積もりに乗ってきますので、設備自体の費用は高くなります。また、相手が中小企業の場合は、輸送費について物流会社との交渉力も大企業ほどありませんので、物流コストは高くなります。
・輸出入の通関について
これも各国それぞれですので、一般的な話になりますが、invoiceとpacking listはかならず必要になります。Invoiceとは貨物の価格や名称、注文番号を記載した書類です。このinvoiceをもとに会社間での費用の支払いや税金が適応されます。Packing listは貨物の個数や梱包サイズなどをまとめた書類です。
これらの書類をもとに、提携している輸入ブローカーが通関処理を行います。生産技術者-->社内の物流担当部門-->輸入ブローカー-->税関職員という流れで情報のやり取りを行います。InvoiceとPacking listは貨物にも張り付いていて、貨物が港に届いたタイミングで社内の物流担当部門に連絡が入ります。
この社内の物流担当者を経由してブローカーがうまく貨物説明できないと通関処理はうまくいきません。具体的には、使用目的、内容物の写真、明細、原産地、型式、それぞれの価格などの情報を準備して物流担当に渡します。
どういった書式にするかは、各国それぞれですので、担当者の指示を仰いでください。説明が明確でないと、貨物をすべて開梱して中身を確認するという作業が発生して、輸出通関および輸入通関で1週間以上も停滞することになります。
・輸送にかかる期間について
通常、日本からアジアへの船便輸送の場合は、国内輸送、輸出通関、海上輸送、相手国輸入通関、仕向け先の国内輸送を含めて3週間程度です。日本から北米に海上輸送する場合は5週間程度です。
3.グローバルな設備調達の注意点(外貨での設備購入について)
最後に外貨で設備購入する場合の注意点と対策を記載します。
生産技術エンジニアにとって、限られた予算で大きな設備投資を行いますので、
予算を浮かす方法の参考としてください。
海外の取引先から設備を購入する場合
3~4年ほど前になりますが、当時私は北米にいました。
当時勤めていた拠点は倒産寸前の赤字会社でした。
資金繰りにも困っていましたし、いたるところで無駄が溢れていました。
そんな環境のせいで、設備投資については私が財布の紐を固く握っていました。
設備投資は生産ライン1本で4~7億円程度でした。赤字工場ながら、受注した案件のおかげで1年に2~3本の投資をしていました。設備の製作元は日本や中国がほとんどでしたが、取引通貨はアメリカドルとしていました。ところが、見積書をドル記載にしてもらうと、日本円や中国元と比較して、価格が高くなるのです。これは、為替レートを取引先が勝手に決めているからです。
例えば、相場が1ドル=110円だったとします。(※これは毎日変動します)
日本円で1億円の設備であれば、市場レート換算して$909,000です。ところが、取引先は為替レートでリスクを取って、1ドル=105円などでドルに換算します。こうなると同じ設備で約$950,000になります。
為替レートを少し変更しただけで、$41,000も違います。(日本円で約450万円の差です)
これをそのまま、受け入れると大きな損をすることになります。
為替差損が発生する理由
なぜこんなことが起きるか説明します。
通常、設備発注してから支払いをするまでに6~12ヶ月の時間差があります。
例えば2019年の8月に見積書をもらって、設備を発注したとします。
この時のレートが1ドル=110円だったとします。
そのあと設備製作に6ヶ月かかり、6ヶ月後(2020年2月)に設備を収めたとします。
支払い条件にもよりますが、納入後3ヶ月の支払い条件の場合であれば取引先が支払いを受けるのは2020年の5月です。
この時、見積もり当初の$909,000(見積もり時点のレートで1億円)を受け取ったとします。
果たして、この時の市場レートはどうなっているでしょうか?
仮に、市場レートが1ドル=105円となっていた場合、日本円に換算しても取引先は9500万円になります。
500万円分の損をするのです。
こういう理由で、見積もり時点で為替リスクを取って、少し厳しめのレートでドル換算するのです。
※逆に為替レートが1ドル=112円となっていれば、約180万円の得をします。
為替リスクの対策方法
ここからがポイントです。
では、グローバルな設備調達をするうえで、この為替リスクをなくすためにどうすればよいか考えます。
当時の私は、リスクはありましたが為替リスクを可能な限り下げながら、許容する方法を採用しました。
例えば、日本の取引先の場合、欲しいのは日本円です。なので、支払いは日本円にしました。
ただし、アメリカの会社は通常日本円など所有していませんので、支払いタイミングまでに日本円を購入しておく必要があります。社内の経理部の責任者と協力して、為替が有利になったタイミングで日本円のポジションを購入することにしました。(Hedgingといって、日本語では為替予約です。)
例えば、上記の設備発注の例でいうと、発注タイミングの2019年8月から2020年5月までの間で為替レートをモニタしながら、一番有利と思うタイミングで日本円1億円分のポジションを購入します。
この方法の大きなメリットとして、為替レートを一定期間監視することができます。
例えば、上記の例でいえば9ヶ月間のレートの好きな部分を選ぶことができます。
取引先のドル見積もりでは、その瞬間の為替レートが適応されますので、
どちらの方法が合理的に有利な判断をすることができるかわかりますね。
ただし、リスクが減ったとはいえ、リーマンショックのような大事件がこの9ヶ月の間に起こってしまえば、取り返しのつかないくらいの損失を被る可能性はあります。
私は北米拠点に勤めていた間に、全部で20~30億円程度の設備投資をしましたが、
この方法で2~3億円は成り行き価格から設備投資費用を削減しました。
当時の私は数百万円の年収で働いていて、私のポケットには1円も還元されませんでしたが、
私の努力のおかげで赤字工場の財務状況はかなり潤ったはずです。
まとめ
グローバルに設備調達をする場合は、輸送や支払いなど本来の生産技術案件以外の部分もカバーすることになります。一度経験すれば次から要領が分かってきますが、日本国内での仕事のやり方とは全く違う視点でものごとを考える必要が出てきます。
※関連記事(海外で使用する量産設備の取扱説明書を英訳する必要性)