200412 生産技術エンジニアの海外駐在生活 ~その2~

※このテーマで数回に分けて駐在員時代の生活について紹介します。
当時、私が勤めていたモーレツ会社を簡単に紹介すると「ケチなブラック企業」でした。私はアメリカ国境沿いのメキシコ工場で勤務していました。参考になるかわかりませんが、生産技術エンジニアが海外駐在でどういう生活をしていたのかイメージできればと考えています。

社長権力の使い方

これは駐在初期の話です。
その拠点は私が最初の日本人駐在員でした。たまたま私が担当していた機種の立ち上がりが最初だったということもあるのですが、日本人として初めてでした。何ヶ月も出張していたので、駐在すればこうなるだろうなというイメージはありましたが、その予想通り苦労しました。他の部署に依頼してやってもらう案件はたくさんあるのですが、なかなかその対応してもらえませんでした。部署の責任者に直接頼んでも状況は同じでした。

本当にとんでもない組織でした。彼らにしてみれば、わけのわからないアジア人が来たぐらいしか思っていなかったはずです。出張していた時からそんな状況でした。自分が実務でこなす仕事以外では、何をするにも全く物事が進みません。
経営がうまくいってない会社の社員ほどそういった業務怠慢が多いものです。そんな環境で駐在員としてやっていける自信は全くありませんでした。自分も周りと同じようにボケてしまうか、忍耐強く信念を通すかの2択しかありませんでした。

困りに困った時は別拠点にいる社長に連絡しました。この社長の評判は良くなかったものの、私が依頼した時は即座に対応してくれました。社長からその部署責任者に指示が降りて、私が困っていた案件は即座に対応してもらえました。こうすると信じられないほど仕事が早く進むのです。

最終手段としてこの方法を使うことはあったのですが、基本的に私は社長には頼りませんでした。私は権力を使って仕事をするのが好きではなかったし、他人に頼らないと仕事が進まないということは問題であると考えていました。そういった案件を自分で処理できないと認めるようなものだからです。また、何度も社長に依頼するとなると、"私の依頼の価値" が下がるように思えました。
そんな理由から、社長に問題を上げるということは本当に最終手段としてのみだけでした。緊急性や報告要素の高い問題だけを社長に頼るように決めていました。結局、社長に頼ったのは数回だけでした。

その他の拠点を含め多くの駐在員を見てきましたが、駐在するような人物はセルフマネージメントができている人物が多い印象です。上司の指示を待たないと仕事ができないとか、自分で判断できない人は海外駐在していません。そういった人にはマネージメント業務は向かないし、仕事以外の海外生活においても自分のことをうまく管理できず苦労するでしょう。


海外拠点の高い退職率

上述したように駐在初期の頃は本当にとんでもない組織体制でした。
その腐りきった組織を象徴するかのように、大勢の人が入れ替わりました。仕事ぶりを見て優秀だなと感じる人ほど、すぐに辞めていきました。

メンテナンスのダイレクターとして入社した40歳ぐらいの人物は、エネルギッシュでポジティブな思考を持っていて、よく仕事をこなしている印象でしたが、家庭の都合もあり半年後に退職することになりました。 他にも実務レベルでプログラミングをバリバリこなす優秀なエンジニアがいましたが、役員の勝手な判断で一年半ほどでクビになりました。他にクビにするべき社員は大勢いたのですが、何か気に入らない出来事でもあったのだと思います。そういう愚かな判断をしてしまいました。
その役員も3年経たずして退職しましたが。
私が駐在していた拠点はそういった環境でした。

優秀な人物ほど仕事が集中して大変だったということもありますが、会社に魅力がなかったんだと思います。周りの人間がダメダメ人間ばっかりだったので、優秀な人ほどそういった仕事の負荷を受けていたというのは事実です。簡単に言えば、組織強化を怠った前任マネージメント層の責任です。手遅れになる前に有効な対策を講じるべきだったのです。


(つづく)

生産技術エンジニアの海外駐在生活 ~その1~



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